なごみにきよしのホームページが出来ました!

 

 


no.20_08.07.06
長い付き合い

 一番長く使っているモノは何だろう。ふとそんなことを考えて、僕のまわりのモノ達を思い浮かべてみた。

 1位は「ツメ切り」だ。子供の頃から使っているモノだから40年くらいの付き合いになる。このツメ切りは両親が新婚旅行で買ったモノで、僕が生まれる前からウチで使っていた。今でも切れ味バツグンでまだまだ現役。これからもずっとお世話になります。
 2位は「キーホルダー」。二十歳の夏に買ったから23年間使っていることになる。たまたま入った雑貨屋さんでふと目にしたキーホルダー。一瞬で気に入って即レジへ。瞬間買いした一品。なくさない限り一生使うだろう。
 3位は「定期入れ」。就職祝いに妹が買ってくれた。サイフと定期入れがセットになったものだったけれど、サイフは数年でだめになった。21年間使ってきた定期入れは、かなりくたびれてきたけれどまだまだ健在。

 他にも十年以上使っているモノがたくさんある。ここにあることを当たり前と思わず、これからもモノ達との関係を大切に心をこめて使っていきたい。




no.19_07.01.29

流れる雲

 子供の頃、流れる雲をよく眺めていた。放課後、校庭に寝っころがって校舎の向こうに流れる雲を眺めていた。じーっと流れる雲を見ていると、ある瞬間に動いていた雲がぴたっと止まって校舎が逆の方へ動いてゆくように見え始める。学校自体が飛行船になって空を飛んでいるような不思議な感覚。この感覚が大好きで長い時間、空を眺めていた。大人になってからも見晴らしのよい場所があると、流れる雲を眺めてこの不思議な感覚を楽しんでいる。
 僕らはみんな地球という大きな乗物に暮らしている。人間に比べて地球が大きすぎるから、実は限りがあるのに無限のように考えてしまいがちだ。テレビや車などの人間が作ったと思っているあらゆるモノは地球上の何かを組み合わせただけだし、捨てたゴミは地球上の別の場所へ移動しているだけ。
 流れる雲を眺めている時の飛行船に乗っている感覚は「限りある地球」ということを思い出させてくれる。限りある地球の中で未来を創るには、すべての生き物やモノが「生まれる」「死ぬ」のきれいな繰り返しに乗らなければと思った。




no.18_06.11.11

自分をほめる

 2006年10月は最大級の忙しさでした。月曜から金曜までは会社勤めがあるので、土日と祝日がライブとなります。10月の土日祝のほとんどがライブとなったのです。

 7日は三田水上コンサート。8日は京都大学でのボロフェスタ。9日は堺市コンサートとFM802に生出演。
14日は京都駅ビルで昼の11時から3ステージ。その後、SESAMOで夜中の12時まで3ステージ。翌日の15日はまた京都駅ビルで昼の11時から3ステージでした。
 21日は能楽会館でコンサート。ゲストに押尾コータローさんを迎えました。22日は奈良県五條市でMBSラジオの公開収録。
 29日は佐川美術館でのピアノコンサート「絵を聴く」。久々のピアノソロで、途中でヴァイオリン奏者の濱名まり絵さんをゲストに迎えました。有元利夫さんの絵から受けた印象で作った7曲を演奏しました。

 週末は本番なので、作曲、編曲、練習は平日の夜になります。この10月は平日も一日一日がやるべきスケジュールで埋まっていて、一日たりとも余裕のない日々でした。平日の準備と週末の本番、この目まぐるしい繰返しをこなしながら満足のゆく結果が出せたと思います。自分をほめてあげました。

 


no.17_06.06.30
覚える

 二十歳の頃までエレベーターとエスカレーターが覚えられませんでした。エレベーターとエスカレーターの名前は覚えているのだけれど、箱が上下する方がエレベーターで、階段が動く方がエスカレーターという事が覚えられなかったのです。
 さすがに二十歳になってそれはまずいだろうと思って、なんとか覚えられないか思案しました。モノは連想で覚えるのが一番です。何かいい連想の材料はないかなと考えていたら、良いアイデアが浮かびました。階段は箱より長いのでその名前の文字も長い(文字が多い)と覚えた訳です。つまり、階段は「エスカレーター」の7文字、箱は「エレベーター」の6文字というわけです。これでようやく人並みに「エレベーターで行こう」とか言えるようになりました。(それでも家族が言うには今でもよく間違えるらしい…)

 子供の頃、「左手はお茶わんを持つ手。右手はお箸を持つ手」と教わりました。これはすぐ覚えられましたが、ご飯を食べるしぐさをしないと左右がわからないのです。こちらもさすがに中学生になった時、かっこ悪いなと思って、頭の中でご飯を食べるイメージをするようにしました。そのせいで今でも「右」と言われると「お箸」、「左」と言われると「お茶わん」をイメージしてしまいます。

 最近ようやく覚えたものに、ステージで使う用語の「上手」(かみて)「下手」(しもて)があります。上手はステージに向かって右側、下手はステージに向かって左側です。リハーサルの時に「では登場は下手から」などと言われて、えーっと、下手…下手…どっちだっけ? となっていました。これは「はじめにきよし」が解決してくれました。「はじめにきよし」を縦書きにすると「はじめ」は上なのでハヂメ側が上手、その逆のキヨシ側が下手となるわけです。みなさんも上手、下手に迷ったら「はじめにきよし」を思い出してくださいね。

 

no.16_06.04.09
ノック式ボールペン

 ノック式ボールペンって凄いぞ! 一回押したらペン先が出てきて、もう一回押したらペン先が引っ込む。考えてみると不思議だと思いませんか? どういった仕組みになっているのか、中の構造がよく見える透明のボールペンをじっくり観察してみました。
 すると…「なるほど、こういう仕組みだったのか!」これはとてもじゃないけど文章や図では説明できません。みなさんもじっくり観察してこの感動を体験して下さい。
 世の中には、今や当たり前になっているけれど、実は凄いことを実現している人がいます。そんな人になりたいですね。

 

no.15_06.02.24
月イチの夜遊び

 僕はお酒がまったく飲めない。そう言うと、「人生の半分の出会いと楽しみを捨てているようなものだな」と返された。半分かどうかは分からないけれど、そういった機会を失ってきたのだろうと思う。
 大人びたBARや面白そうな居酒屋を雑誌で見ると、「ああ、自分には無縁な世界だな」と少しくやしい思いをする。BARのカウンターに腰掛けて「ウイスキーを。ロックで」なんて言ってみたい。カウンター席で、たまたま隣になった見知らぬ人と会話を楽しんでみたい。お店にはノンアルコールのメニューもあるけれど、気後れしてその魅力的な空間に踏み込む事ができない。
 しかし、月に1回だけそんな疑似体験ができる場所が僕にはある。それがスペインBAR「SESAMO」。ここへはミュージシャンとしてアコーディオンの生演奏に行く。BARのカウンターに腰掛けてグラスを持つしぐさをすると、ウィルキンソンのジンジャーエールを出してくれる。それをちびちび飲みながら、アコーディオンを聴きに来てくれたお客さんとお喋りをする。そして、いよいよ9時になると1回目の演奏を始める。控え室がないから、演奏と演奏の間の休憩時間もお客さんと喋りながらジンジャーエールを飲んでいる。30分3ステージの演奏は夜12時前に終わる。お店は夜中の2時まで営業しているから、今度は柚子ジュースを飲みながら閉店頃までだらだらしている。
 SESAMOの日は僕の夜遊び日だ。

 

no.14_06.01.11
まだまだ

 本厄の年、2005年は大きな災いもなく、ゆるゆると終わりました。NHKのテレビ番組「ゆく年くる年」は毎年見ています。除夜の鐘の生中継を見ていると、「ああ、今年も終わりか」としみじみ暮れてゆく年を感じます。今回は大好きな比叡山延暦寺の根本中堂から生中継がありました。除夜の鐘、秘仏の公開、鬼を退治する僧の寸劇などが放送されていました。
 延暦寺をネットで調べてみますと、今年は天台宗開宗千二百年の年で、御本尊薬師如来御開扉だけでなく他の厨子御開帳もされていると書いてありました。非公開の御本尊は1988年や2001年に公開されているが、他の厨子御開帳は記録にないということでした。「これは行かねば!」と思い、1月8日に行ってきました。前日の7日はひどい雪で延暦寺へ向かうドライブウェイも通行止めになっていましたが、8日はおだやかな天気でした。それでも比叡山の山頂付近に位置する延暦寺ですから、山に登るにつれて雪がちらついてきます。寺の中では50センチくらい雪が積もっていました。雪の上を歩くと、ぎゅっ!ぎゅっ! この音と感触が楽しい。
 前日の雪のせいか参拝客は少なかった。御本尊のある根本中堂では参拝客が数人しかいなくて、お坊さんの読経の中、ピンとはりつめた空気がありました。ゆっくりと仏様をお参りすることができました。さてお堂を出ようとした時、大勢の参拝客がざわめきと共に入ってきたのです。先ほどの静けさは打ち消され、止まっていた時間が動き出したようです。時間の流れの中で、こういったことは起こりますね。この素晴らしい時間にひょいと入れたことを感謝しました。
 ところで、年が明けて本厄が終わったと思っていたら、実は節分の頃までが区切りだそうです。最近知りました。まだまだ気を抜けません。


比叡山延暦寺のホームページ
http://www.hieizan.or.jp/

 

no.13_05.10.01
厄年

 1年の4分の3が過ぎました。年の始め、「今年の抱負は何ですか?」と尋ねられて、「今年は厄年です。しかも本厄なので、一日一日が平穏無事に暮らせるよう、365日をカウントダウンしてゆきます」と答えると、「新年早々、後ろ向きですねえ」と笑われてしまった。
 家族の知り合いに僕と同じ本厄に人がいました。たまたま厄年の話しになった時、その人は「そんなの関係ない」と言い切ったそうです。その数日後、その方はバイク事故で入院しました。逆に厄年のことを気にしすぎると、気持ちが硬直して余計に災難を招きそうです。「怖がらず、あなどらず」が良いようですね。

 しかし、今年は例年になくお医者さんのお世話になってます。今まで春夏に風邪をひいたことはなかったのですが、5月に風邪をひいてしまいました。この時期の風邪は治りにくくて、完治するのに1ヵ月くらいかかりました。9月は腰痛になりました。腰痛は3年に1回くらいなりますが、今回は特にひどかった。寝返りも打てない日が3日間続き、生まれて初めて鍼灸院に行きました。初体験のハリにどきどきしましたが、痛みはほとんどありませんでした。打ったあたりがじーんとしてきます。また不思議なことに、打っている所とは違う所が反応するのです。首筋に打つと目玉がじーん。ふくらはぎに打つと足の指がぴくっ。操り人形になった感じ。その2日後、けろっと痛みがとれたのです。鍼灸に感謝!

 まあ風邪や腰痛で厄落としができていればこれ幸いです。あと4分の1。怖がらず、あなどらず、怖がらず、あなどらず……。

 


no.12_05.07.18

伸び縮み

「あれ。この時計、止まってる?」
 と思って時計を眺めていると、しばらくして秒針がぴょこんと動き出した。実際、時計は壊れてなくて、秒針は同じリズムで正しく時を刻んでいた。それなのに秒針が止まっていたように見えた。そんな経験はありませんか? 僕はたまに経験します。この不思議な感覚はなんでしょうか?

 楽しい時間はあっという間に過ぎます。大好きな人といると「あ! もうこんなに時間が過ぎている」と驚きます。逆につまらない時間は長く感じます。学生の頃の退屈で眠い授業は、永遠に終わりが来ないように感じました。不思議な時間感覚は他にもあります。楽しみにしている週末のデートは、ゆっくりゆっくり近づいてくる。週明けの会議での苦手な発表は、あっという間にやってくる。なんだか時間にいじわるされてる感じ。でも、時計が止まって見えた不思議な感覚とは次元が違う気がします。

 そこで僕なりに考えてみました。

 普段は2分で行っている作業があったとします。ある日、とても忙しくてその作業を急いでやることになりました。がんばって急いで作業すると、なんと1分で出来ました。その時、実際時間の1分の中に、普段の作業時間2分が詰め込まれたのです。自分が早く動くことによって、まわりが遅く見える。例えば、人間からハエを見ると、「なんて羽を早く動かせるのだろう! 僕はあんなに早く手を動かせない」と感心します。しかし、ハエから人間を見ると「ゆっくり動く生き物だな」と思われてそうです。僕が急いで作業した時、人間モードからハエモードに変わったのです。それで秒針が1秒かかって動き出した時、ゆっくり秒針が動き出したように見えたというわけ。

どうでしょうか? ひょっとしてこれはアインシュタイン博士の相対性理論に通じる!?

 

no.11_05.06.02
休日

 久々の休日。昼までゆっくり寝て、トーストとコーヒーで遅い食事。トーストはバターとジャムをたっぷり塗る。コーヒーは、お気に入りの喫茶店で買った豆を挽いて淹れる。お腹も落ち着いたところでソファーに寝っころがる。窓から青い空がみえる。雲がゆっくり流れてゆく。向かいの家の庭では、ねこがひなたぼっこをしている。ぼんやりして、気持ちよくて、うとうとしてきた…。

 気がつくとまた寝てたみたい。家族がタオルケットを掛けてくれていた。もう夕暮れだ。京都から引っ越したので、さすがにこの辺じゃ豆腐屋は通らないね。

 まさに、はじきよ日和な一日でした。

 


no.10_04.12.26
免許更新

 免許の更新へ行ってきた。前回の更新が5年前なので5年ぶりの風景。でも免許試験場は何も変っていなかった。
5年前といえば1999年。はじめにきよしがファーストアルバムを出したのが2000年だから、それよりも前になる。そう考えると、この5年間で僕は大きく変ったと思う。当時の僕からすれば、映画音楽を担当したり、その映画に出演したり、葉加瀬太郎さんや大貫妙子さんと共演するなんて考えられなかった。
古い免許証には5年前の僕が写っている。こわい顔でこちらをにらんでいる。この写真ともお別れだ。新しい写真はやさしい顔で写ろう、そう思って写真にのぞんだ。僕の番がまわってきた。落ち着く間もなくフラッシュが光った。……。今回もこわい顔で写ってしまった。
講習会の後で渡された免許証の写真は、意外にもおだやかな顔だった。5年間で苦手な写真にも慣れたようである。

 

no.09_04.09.30
秋が好き

  秋は一番好きな季節だ。夏が終わりに近づくと、ある日急に涼しい風が吹き抜ける。その爽やかな空気をおなかいっぱいに吸いこむと、「ああ、秋がきた」とつくづく感じて幸せな気分になる。しかしそれもつかの間で、また暑い日々に戻る。そうこう繰り返してゆくうちに本当の秋がやってくる。田んぼの稲穂が実って頭をさげる。青い空に赤とんぼが映える。そして突然、稲が刈り取られてさっぱりした田んぼ。夜の暗さがあたりを包みこむにつれ、明るさを増してゆく月。秋のしみじみとした感覚が大好きだ。
 冬は次に好きな季節。秋が終わりに近づくと、空気がいっそうひんやりしてきてワクワクする。あのぴんと張りつめた空気が好きだ。透き通るような夜空にオリオン座がはっきり見える。真冬の公園で飲むホットの缶コーヒーが好きだ。怪獣のように白い息を吐きながら家にたどり着くと、こたつでみかんを食べる幸せ。
 春はそんなに好きじゃない。冬から少し暖かくなった頃はいいけれど、苦手な夏の暑さがやってくると思うと憂鬱になる。
 夏は苦手だ。とにかく暑いのがだめだ。外に出るときは日陰を探す毎日。暑いから帽子をかぶる。かぶればかぶったで、おでこが汗で気持ち悪い。女性は日傘が使えるからうらやましい。

 季節を好きな順に並べると秋冬春夏となる。季節は4つなので、4×3×2=24通りの並べ方ができる。気の合う人とは同じ並びになるのかもね。

 



no.08_04.09.03

思いきって

 小学生の頃、「石のようにおとなしい子だね」と言われたことを覚えている。石は意思表示ができない。中学時代は少し活発になったが、高校時代はまた内向的な性格に戻った。特に、クラスの女の子とは緊張して会話ができなかった。「このままでは一生、彼女ができないのでは…」そう思って、大学生になった時、「アメリカ人のようにフレンドリーに、スペイン人のように情熱的になろう」と決心した。はずかしい話しだが当時は本気でそう考えた。それだけ焦っていたのだと思う。
 高校時代は、自分の部屋に閉じこもって、一人で自作曲を多重録音していた。オリジナルテープは作っていたが、誰かに聴いてほしいとは思わなかった。単に記録として残したかっただけだ。この時期は僕にとっての鎖国時代だった。日本が鎖国によって独自の文化を築いたように、僕の多重録音時代は自分の音楽をみつめた時期になった。
 そして、開国。大学入学とともに軽音サークルへ入部した。積極的に先輩にアプローチした結果、先輩バンドのメンバーになることができた。ライブハウス出演、定期演奏会、バンドコンテスト…、一気にバンド活動が始まった。彼女もできた。高校生までの自分とは別人の活動的な自分がいた。そんな生活がしばらく続いたある日、急に活動的でいることに疲れてしまった。もともと無理をしていたのだから当然なことだったと思う。内から見ていた外は魅力的だった。外に出てみると内は内で魅力的だった。無理せず自分の自然でいいのだと理解した。その後、また内向的な性格に戻ったが、やりたいことをはっきりと意思表示できるようになっていた。


  去年のクリスマスコンサートでソプラノ歌手の深川和美さんと知り合った。僕のピアノで深川さんが歌い出した瞬間、鳥肌が立った。「なんて心に響く歌声なのだろう。この人といっしょに音楽を創りたい」と思った。思いきって誘ってみたら快諾してくれた。深川和美と新谷キヨシのデュオ、「なごみにきよし」の結成となった。半年のリハーサルを重ね、なごみにきよしサウンドが完成した。11月に初ライブを開催する。


<深川和美さんのホームページ> http://www.jojo-plan.com/

 

no.07_04.07.29
いいこと


 長岡天満宮に蓮を観に行った。八条ヶ池には中国から寄贈されたという蓮が咲いていた。群生している蓮は、まさに天国のようであったし、大皿のような葉っぱが風に揺れると、中央に集まった水滴がころころと転がってかわいかった。回廊式の散歩道を歩いていたら、雲がたちこめ、雷が鳴り出した。丸窓のある休憩所に腰をおろした途端、雨が降り出した。雨が降り注ぐ池を丸窓からぼんやり眺めていた。
 次の日、なんだかパウンドケーキが食べたいなと思ったら、パウンドケーキのお中元が届いた。
 たまに思い通りの生活が続く時がある。もちろん逆の日もある。記憶の中では、いいことは蒸発しやすく、よくないことは凝固しやすい。だから、いいことがあった日のことを紛失しないように注意しよう。

 


no.06_04.06.28

幻想的日常


 僕は、一日の仕事を終え帰宅途中だった。夕暮れの道を歩いていると、時々突風にあおられた。台風が上陸しているのだ。雲の動きが速い。その雲を見ていると、雲が動いているのか、建物が動いているのか分からなくなってきて足もとがふらふらした。遠くのほうから轟音ともに車がこちらへ向かってきた。ぶつかる! と思った瞬間、ぎりぎりのところを車は駆け抜けていった。あぶないなぁ、と思ったら、今度は僕が車を運転して高速道路を走っていた。東に向かっていることは知っていたが、知らなかったとしても東に向かっていることは分かるのだと思った。
 どこまでもまっすぐな道を時速100kmで走っている。まわりの風景が大きすぎるせいか、走っているのに止まっているような気分になる。すると、たちまち霧がたちこめてきて、まわりの山々、田畑が一変して雲に変った。それでも道だけはくっきりしていて雲の中の道を走っている。道の下は虹になっているのかもしれないと思った。永遠に続くと思われた道がなくなり、今度は名古屋駅のホームで新幹線を待っている。もう夜の8時を過ぎているのに案内板には13時15分発の新幹線が来ると表示されている。それなのに誰も不思議がらずに当然の様子で待っていた。しばらくすると新幹線がぬるぬるとホームに入ってきた。新幹線に乗り込むと品川駅に着いた。
 品川駅からタクシーに乗り、スタジオに入った。時計を見ると夜の11時だった。こんな時間に東京にいるなんて、明日は会社に行けるのだろうか、と心細くなった。誰かが「それでは」と言うとレコーディングが始まった。レコーディングは夜中の3時に終わった。品川駅6時58分発の新幹線で京都へ向かった。



 2004年6月21日、CM音楽のレコーディングのため、仕事を終えて、新幹線で京都から東京へ行く予定だった。しかし、台風6号の影響で京都名古屋間が不通となったため、自宅に戻り、車で名古屋まで出て、名古屋から東京まで新幹線で向かった。レコーディングを終え、ホテルで仮眠をとり、翌日は何事もなかったように出社した。名古屋で乗り捨てた車は、サキタ氏が自宅まで届けてくれた。
 夢のような現実の話である。

 


no.05
_04.05.12
食べられない

 大人になっても食べられないものがある。例えばカレーうどん。カレーもうどんも大好きなメニューだ。特にカレーは大好物。カレーの曲を作るくらいなのに、カレーとうどんが合体すると食べられない。カレーパンもだめだ。カレーもパンも大好きなのに、その2つが合体するとこれまた食べられない。
 それから梅干が苦手だ。だから梅干入りのおにぎりが食べられない。これには時々つらい思いをしてきた。子供の頃、グループでピクニックヘ行くと、誰かがおにぎりを用意してくれた。中身はしゃけ、こんぶ、おかか、そして梅干。見た目には中に何が入っているかわからない。だから、梅干が当りませんようにと願いながら思いきってかぶりつく。はずれが出ても後へは引けない。ひたすら我慢して食べるのみ。その点、コンビニのおにぎりは中身が書いてあるからありがたい。
 しかし、コンビニの弁当は要注意だ。ごはんの真中に梅干がのっている。まずはこの梅干を取り除かなくてはならない。割り箸に梅干の汁がつかぬように注意してつまみあげる。しかし、その作業が成功したとしても梅干で赤くしみたごはんはどうすることもできない。そこだけ残すことも忍びないので、我慢して食べる。コンビニのお弁当屋さん! 梅干はごはんの上にのっけないでください。


no.04
うどん定食

 大人になってから食べられるようになったものに「うどん定食」がある。子供の頃、僕はごはんとうどんをいっしょに食べられなかった。
「ごはんとうどんはどっちもごはんやん」
「おかずになるものがないやん」
「うどんがおかずって絶対おかしい」
ずーっとそう思っていた。
 ある日、昼ごはんに入ったうどん屋でうどん定食をたのんでみたくなった。それは、ほんの出来心というか、いたずら心みたいなものだった。生れて初めて食べるうどん定食。のどかなうどん屋の中で興奮気味にうどん定食を待つ。何気ない風景の中に人知れずドラマは存在している。しばらくして、いよいようどん定食がやって来た。静かに食べ始め、静かに食べ終わった。「……おいしいやん」 それ以来、うどん定食が好きになった。
 大人になるとはこういうことなのかと、しみじみ納得したことを覚えている。30代前半の出来事。スロースターターな人生。

 


no.03

幻想と現実の境界


 ツアーやライブの移動はメンバーとスタッフの数人で行うが、去年の奈良でのライブの帰りは一人だった。
 JR奈良駅22時31分発の京都行に乗り込んだ。時間が遅いせいか車両には数人しか乗っていない。駅を出るとすぐに田舎の風景になった。走っていても草のにおいが車内に入ってくる。停車してゆく駅は初めて見る駅名ばかりだ。自分がとても遠いところにいるような気がして心細くなってきた。でもそれはさびしいとかじゃなくて、むしろほっとするような心細さ。そんな複雑な感情。
 雨が降ってきた。窓にしゅっしゅっとななめの線をひく。しばらくして雨の降りはじめ特有のこげくさいにおいが車内に漂った。
 見なれた京都駅に着くとほっとする。けれどもなんだかつまらない気持ちも裏側にくっついたままで。終点の京都駅で僕と数人のお客さんが電車から降りると、かわりにたくさんのお客さんが乗り込んだ。急に現実味を帯びる電車。幻想から現実に引き戻される感じ。止まっていた時間が動き出す感じ。折り返し運転だから行き先は奈良。電車はまた幻想に向かってゆく。

 

no.02
夏目漱石

 この間、ライブで初めて愛媛県松山市へ行った。松山市は、夏目漱石の小説「坊っちゃん」の舞台となった場所だ。街には路面電車が走っており、当時の機関車を模した「坊っちゃん列車」も走っていた。さっそく小説「坊っちゃん」を買って読んだ。

「車へ乗り込んだおれの顔を昵と見て『もう御別れになるかも知れません。随分御機嫌よう』と小さな声で云った。」

 明治時代の小説は文章が昔風で趣がある。しかし、急に外国語があらわれてドキンとさせられる。

「そうかと思うと、赤シャツの様にコスメチックと色男の問屋を以って自ら任じているのもある。」
注解 コスメチック:チックともいう。頭髪を整えるのに用いる化粧品。 

ちなみに夏目漱石で一番好きな作品は「夢十夜」だ。


新潮文庫 夏目漱石「坊っちゃん」より引用





no.01

大と小


 ピアノを弾く時は、宇宙をつかむように弾きたい。ピアニカを吹く時は、
原子にふれるように吹きたい。
 地球は太陽をまわっている。電子は原子核をまわっている。昔、学校でそう習った。
その時、地球が太陽をまわるのも、電子が原子核をまわるのも、よく似てるなと思った。
目の前の消しゴムの中の分子は、実は太陽系のような宇宙で、その中に星や生物がいるんじゃないか。
いや、まてよ。逆に考えると、僕らの住む太陽系、それらを含む宇宙も、誰かの消しゴムの
カスかもしれない。授業中、消しゴムを眺めながら、そんなことを空想してたのを思い出したよ。

 

 


 

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